
きみが寂しいのを知っている。 一度肉体の死を迎え、本来の、海の精霊の姿になって、水底の死者の王国へ家族を探しに行こう。
ある漁師が、海の精霊と恋に落ちて子を成した。
以来代々、男子は逞しく、女子は妖精のように美しく生まれ育つのだった。
その子孫がこの娘。
幼い頃から陸よりも海に懐かしさを感じており、いつか海から迎えが来て、海に帰るような気がしていた。
流行り病で母を亡くし、父が海に呑まれた時、彼女は人前で気丈に振舞ってみせた。しかし夜になると、両親の眠る海に想いを巡らさずにはいられなかった。
この世から去りたい、という想いは日毎募っていく。誰かによって、鈍重な身体を抱えた陸から連れ去ってもらう事を望むようになっていた。
街の誰しもが子供の頃隠れ家にした遊び場。潮が満ちると沈む洞穴。
満潮を迎える深夜、洞穴には誰も来ない。
彼女はとうにこの隠れ家で遊ぶ歳では無かったが、時々、1人になりたくなると、誰も来ない時間帯を見計らって訪れるようになっていた。
周囲は船では近づけないほど岩の多い海岸。
漁師の街のどこにも居ないような青白い男が、上半身を水面からのぞかせ岩場にもたれていた。
彼女にはひとめで彼が海の精霊だとわかった。
彼はこう言った。
“きみが寂しいのを知っている。
一度肉体の死を迎え、本来の、海の精霊の姿になって、水底の死者の王国へ家族を探しに行こう。
死者の国から迷わず戻るには、道標となる生者が必要になる。僕達の子供を道しるべの生者としてこの街に残して行こう。
その後は精霊となったきみの家族と共に陸で暮らそう。”
かくして彼女は、悪神に殺され身体の一部に取り込まれていた精霊の青年と恋に落ち、海底の暗闇の中で悪神と交わり、子をもうけ、海底に引きずりこまれた。
子供は成長し、やがて忌まわしい姿に変貌し腐臭を放って忌み嫌われた。しかしすでに子を成していた。