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屍者として生まれた少年 カタバミ

彼の鼓動は消えてしまっていたが、山に埋葬されてから彼の人生は始まった

カタバミがまだ胎児だった頃、母親は「夜を渡り歩く人々」に魅入られていた。
忌むべき魔性の存在、この世ならざる者と逢瀬を重ねていることを周囲に隠し通し、そして迎える出産。
産まれたのは、死して腐りかけた男の子だった。

母親は恐ろしくなった。驚くべきことに赤ん坊は動いていた。生きる意志のある我が子を手放したがる親などいない。誰にも言わず隠して育てた。

だが、たとえ母親の愛情がどれほど深かろうとも、「夜を渡り歩く人々」に近付いた人間が無事でいることは不可能だ。我が子を守り抜くと決心して3年、無常にも母親の魂は連れ去られてしまうのだった。

身寄りが無いも同然の暮らしをしていた母親の訃報は、疎遠な祖父の元へ届けられた。娘とは縁を切り移住していたのだ。
老人が駆け付けた遺体安置所で対面したのは、異形化した娘と、5歳の幼さで眠る孫だった。孫とは初対面であった。

まだ若い娘と幼い孫を葬る老人。周囲の誰もが、逆の立場だったならと思わずにいられない悲劇だった。

暗い穴の中で目が覚めた。
天井は低く、叩いても動く様子は無い。母親が見当たらず不安を覚えたが、不思議と居心地は良かった。

どれくらい時間が経った頃だろう。くぐもったザクザクという音と人々の声が近付いてきて、天井が突如開き出した。
眩しい月の光を背に現れたのは女性だった。

墓守のひとり、アドニスは考えていた。2年前、埋葬された母子について。
母親の、通常より巨大な棺桶。そして子供の棺桶から微かな気配を感じたこと。
気配は少しずつ強まっていること。
満月の夜、掘り起こすことを決めた。
7歳くらいだろうか。身体のいたる箇所で腐敗の進んだ子供が、手狭になった棺で身体を丸め、虚な視線だけこちらへ向けて、微笑んだ。

それから10年以上。
墓守の周辺の雑務をしたり、山を見回る日々。アドニスに出会ってからカタバミは話す事を覚え、身体の腐敗は独特の修復をしてきており、穏やかに暮らしている。

アドニスが旅立つ日、彼も決意していた。「夜を渡り歩く人々」に会わなくてはならない。彼の問いをぶつけなくてはならない。どうして母を連れて行ってしまったのか。そして、どうして自分を連れて行ってくれなかったのか。